本稿では、水村美苗「私小説 from left to right」を、作者も読者も複数の言語を使用できることを前提とする複言語主義から検討する。具体的には、英語で文章を書くのにも不自由のないはずの主人公の美苗がなぜ小説を書く言語として日本語で書く決意をしたのか、という問題について、美苗が書きえたが書かなかった英語の書物から考察する。美苗個人の過去の教育という次元だけでなく、アカデミアにおける「西洋」の没落と多文化主義の台頭などの歴史的背景、アメリカの日本研究、小説の時間性、「私小説」ジャンルの自己言及などを考察することを通し、この「言語を選び取る」という問題が、言語表現の根幹に関わる問題系であることを示す。
Stephan Köhn, Chantal Weber (担当:共著, 範囲:"Superstition at a Crossroads: Mori Ōgai’s Short Stories of Supernatural Phenomena During the Late Meiji Period" 29-43)