石井 由香理
社会学評論 63(1) 106-123 2012年 査読有り筆頭著者
本稿では, 性別に違和感を覚えた経験をもつ3人のインタビュー対象者の語りから, かれらの自己像について, 共通する特徴を考察した. 現在, カテゴリーとの差異のなかに自己像を見出している3人の語りに共通するのは, マスメディアなどを通じて性的越境者についての情報を得, かつ, 一度はそれらに積極的に同一化しようとしている点である. しかしその後, 当事者団体や, それらの人々と接触していくうちに, かれらはカテゴリーに同一化するのではなく, 個人のなかに独自のものとしてイメージされる, アクチュアル・アイデンティティを自己像として肯定的に認めてゆく. カテゴリーに伴うイメージやストーリーを学習し, それを意識しつつも, 今度は, それに対する差異によって自らを表象するようになるのである. また, こうした対象者たちのありようは, かれらの身体をも巻き込んだものである. どのような治療や施術をどこまで受けるのかということは, より選択的なこととしてとらえられるようになる. くわえて, セクシュアル・マイノリティ相互の出会いは集合的なアイデンティティの共有を促すばかりでなく, 自己像を個人ごとに独自なもの, 唯一のものとして認知させるような作用を個々人にもたらしていると考えられる. また, かれらの自己像は, 不変的なものではなく, 新たな欲望が生じる可能性, 状況が変化する可能性に開かれている.